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安倍総理の改憲(加憲)論に異議あり

今から2年半前の2017年の5月3日(ゴミの日)、安倍総理は「憲法9条の1・2項は変更せず、3項に自衛隊を明記し、2020年を新憲法施行の年にしたい」と新聞記事とビデオ談話で発表され、国内外に波紋をもたらしました。

その2020年は5月1日から元号が改まり、新しい時代「令和」がスタートしました。

まことに月日の流れというのは早いもので、総理が「新憲法施行の年」にしようとした令和元年もまた、まもなく幕を閉じようとしています。

さて、安倍総理が目指されている「9条3項の加憲論」について、以下、述べます。

根本的に、私は占領憲法無効論者です。

主権の存しない時代に、他国の主権に基づき制定された革命憲法は明らかに立憲主義に反しています。

立憲主義を唱へる者は、革命ないし征服によって生まれた「占領憲法による統治」を全否定しなければならないはずで、占領憲法を憲法として認める者が立憲主義を主張するのは実に噴飯ものです。

本来、占領下で制定された占領憲法(現行憲法)は独立回復(主権回復)と同時に一旦は破棄し、日本国民自らの手で憲法(自主憲法)を明治憲法を改憲するかたちで制定するべきでした。

だが残念にも、戦後の我が国は長きにわたってそれを怠ってきたがために、本来あるべき姿と現実とのあいで政治的折り合いをつけざるを得ない「経路依存性」に嵌まり込んでしまいました。

要するに私たち日本国民は今、現行憲法(占領憲法)下において、いかにして我が国の「独立と平和」を獲得するのかを考え、実行していかなければならない宿命の中にいます。

その上で、安倍加憲論について考えてみたいと思います。

結論から言えば、現行憲法に自衛隊を明記するだけの「加憲」に、いったい何の意味があるのかが私には理解ができません。

それよりも、98条2項の「国際法規の遵守」を正しく解釈し、それを広く国民に説いて、内外に誤解を招いている2項を削除し、及び自衛隊が「集団安保における武力行使」に堂々と参加できるようにすることのほうが、よほどに先決ではないでしょうか。

なぜ9条2項の削除が必要なのかと言うと、例の「交戦権」問題です。

実は「交戦権」は誤訳で、本来は「交戦資格」です。

そもそも「交戦権」という言葉は、国際関係法辞典にすらない。

日本国憲法(現行憲法)を」除て公式用語として存在しないものです。

我が国ではこれを「交戦する権利」と誤解するヒトが多いようですが、正しくは「交戦国としての(法的地位が認められた)資格」と訳すべきだと思います。

因みに、現行憲法を草案したケーディス(GHQ民政局次長)ですら、「交戦国」という言葉が理解できないまま条文に挿入したらしい。

個別的自衛権によって戦闘する国または部隊はすべて交戦資格を有しています。

だからこそ「交戦権(交戦資格)を認めない」という9条2項は、98条2項に違反するという矛盾を抱えているわけです。

我が国は、1956年に集団安保組織である「国連」に、何の留保事項もつけずに加盟しています。

その国連憲章の2条には、加盟国に集団安保の目的を達成するための「行動する責務」が謳われています。

むろん、その「行動」には軍事的措置(武力行使)も含まれます。

「私ども日本には9条があるから、そんな行動には参加できません」という言い訳は通じない。

国連加盟に先立つ1951年9月8日、日本は勝者連合47カ国との間で「サンフランシスコ条約」を締結し、それらの国々との戦争状態を集結させ、独立を回復することになりました。(施行は翌年4月28日)

サンフランシスコ平和条約を締結した日、吉田総理とアチソン米国国務長官とのあいだで次のような交換公文が交わされています。

「平和条約の効力発生(1952年4月28日)と同時に、日本国は国際連合が国際連合憲章に従ってとるいかなる行動、即ち国連憲章2条に掲げる義務を引き受けることになる」

これを受け、1954年2月、吉田・アチソン交換公文を基に「日本国における国連軍地位協定」が日本と朝鮮国連軍参加9カ国との間で締結され、その2年後の1956年に国連に加盟しました。

よって我が国は、占領憲法を頂きながらも「国連加盟国としての責務」を果たさなければならないのです。

しかしながら我が国は、国連に加盟したのち一環して占領憲法を理由にその責務を果たしておりません。

例えば、我が国の防衛費はGDPのわずか0.9未満で、これでは集団安保の責務を果たしているとはいえません。

防衛費対GDP比率

ご覧のとおり、対GDP比で約2.5%の防衛費(軍事費)が、概ねの世界水準(集団安保参加国の責任水準)で、我が国のそれは今や「0.9%」をも切っています。

また、我が国の自衛隊は、「自衛隊」というその名称から、外国の軍隊から「自衛隊とは護身隊のことか?」と揶揄されてもいます。

プロフェッショナルは、軍事を知らぬ評論家やド素人らの評価などよりも、同じプロフェッショナルたちからの評価を気にします。

これ以上、自衛官たちの士気を下げるような環境を放置してはならない。

詰まるところ、安倍加憲論のように、たんに「自衛隊」を憲法に明記したところで、むしろ現状の弊害は益々もって固定化され何一つ解決しません。

自衛隊の名称変更は、防衛省設置法及び自衛隊法の改正で可能です。

そして集団安保への参加及び交戦資格の問題は、98条2項を広く国民に説明し理解を求め、解釈変更をもって対応すればいい。

自衛隊を憲法に明記せずとも、集団安保の責務を遂行する国に軍隊及び交戦資格があるのは世界の常識なのですから。

将来に禍根を残す粗末で安易な改憲(加憲)など行わず、まずは現実路線で我が国の独立と平和を獲得する政治に邁進してほいい。
2019/12/11

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