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東京裁判は管轄権なき裁判だった!



極東国際軍事裁判(以下、「東京裁判」)は、国際法(公法)に基づかず、連合国最高司令官(占領軍総司令官)であったマッカーサーが私的にこしらえた、いわゆる『マッカーサー条例』なる私法に基づいて裁かれました。

ゆえに東京裁判の冒頭で、日本側弁護団の一人であった清瀬一郎氏はウェップ裁判長に対し“当該法定の管轄権”について質問をしました。

言葉に窮したウェッブ裁判長は「後に闡明する(後に明らかにする)」としたまま、結局は現在に至るまでもなおそれが明らかにされることはありませんでした。

即ち、東京裁判は国際法に基づく管轄権を有しない実にいかがわしい裁判だったのです。

さて、この裁判において選出された判事の数は当初9人でした。

なぜ、9人だったのか?

むろん、昭和20(1945)年9月2日、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ艦上で降伏文書(本質的には休戦協定)に調印した戦勝国が9カ国(米・英・蘭・仏・加・ソ・豪・NZ・支)だったからです。

のちに、新たに独立したフィリピンとインドを代表する二人の判事が追加され、判事は11人になりました。

そもそも、判事がすべて戦勝国とその関係国の代表であること自体、法廷憲章違反です。

しかも、昨日のブログでも述べましたとおり、11人の判事のうち国際法の専門家はインド代表のパル判事のみでした。

国際法の専門家ではなかったものの、法律家がもうひとりいました。

オランダ代表判事のベルト・レーリンク博士です。

昭和23(1948)年11月、東京裁判の最終的な判決(いわゆる多数派判決)が下され、日本の歴史的行動が悉く断罪されたわけですが、それでも判事のうち3人が個別反対意見を表明しました。

その一人がレーリンク判事でした。

ご承知のとおり、昨日のブログでご紹介したパル判事は、日本の戦争行動を犯罪と断定した「多数派判決」を真っ向から否認しました。

いゆわる「A級戦犯」として訴追された被告全員を国際法と事実に照らし合わせ「無罪」を主張したわけです。

因みに、もうひとりはフランス代表のベナール判事で、彼は東京裁判には手続き面で多くの不備が見いだされることを指摘し、「このような不完全な手続きをしている裁判は有効なものと認めがたい」と批判しました。

レーリンク判事が提出した反対意見書もまた実に長文でした。

ここではその全てを述べることはできませんが、彼もまた東京裁判を正当化する「マッカーサー条例」の合法性について疑問をもち、管轄権のない裁判は必ず将来に禍根を残すことを指摘しています。

東京裁判では、パル判事、ベルーナ判事、レーリンク判事らの意見は悉く黙殺されたのです。

もしもウェッブ裁判長が「管轄権が無い」ことを裁判冒頭で認めていたなら、その時点で東京裁判は即刻中止になっていたことでしょう。

むろん、連国総司令官に任命された裁判長が、そのようなことをするはずもなく…

ただただ、あの裁判によって国際法は蹂躙されたのです。
2020/08/10

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