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『パル判決書』を読もう

パル判決書
あの東京裁判(極東国際軍事裁判)とは、何だったのか?

国会議員であれ、地方議員であれ、戦後日本において議員と名がつく公職につく者であれば誰もが絶対に押さえておかねばならない教養の一つです。

これを理解できずして、戦後日本に巣食う根源的政治問題にたどりつくことは不可能です。

といって、GHQの検閲史観に基づいて語られてきた「東京裁判」を理解したところで何の役にも立たないし、むしろ有害です。

そこで、GHQの検閲史観に基づかない客観的な視点から語られた「東京裁判」を理解するため絶対に目を通すべき重要文書がいくつかあります。

その一つが、一昨日のブログでご紹介したとおり、東條英機元首相が東京裁判で提出した『宣誓供述書』ですが、もう一つは、東京裁判の判事の一人であったラダ・ビノード・パル博士のいわゆる『パル判決書』です。

パル博士は、東京裁判の判事で唯一の国際法専門家でした。

しかし、他の判事の判決書は法定で読み上げられたのに、パル判決書は法定で1行も読み上げられませんでした。

そればかりか、GHQによる検閲によって、講和条約が発効されて日本が独立を回復するまで書籍として出版されることさえ許されませんでした。

むろん、米国をはじめとした占領軍(戦勝国)にとって都合が悪かったからです。

東京裁判は、日本が昭和3(1928)年に制定された不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)と九カ国条約に違反したとして日本の罪を指弾したものです。

因みに不戦条約とは、第一次世界大戦後、米国のケロッグ国務長官とフランスのブリアン外相の主導によって締結された国際条約であり日本も加盟しています。

また、九カ国条約とは、不当な利権を求めて中国の権益を損ねないことを趣旨とする条約のことで、やはり日本も加盟しています。

さて、裁判の結果、パル博士は判決書のなかで概ね次のように述べています。

「この不戦条約が禁じているのは侵略戦争であって、自衛の戦争を禁じるものではない。条約では、その戦争が自衛かどうかは各主権国家が決めるものとされている。また侵略とは国境を侵されるといったことだけでなく、経済的な圧迫を受けるといったことも含まれる。それが条約の公式見解である。資源や貿易を止められ侵略を受けたのはむしろ日本のほうであり、ゆえに日本は自衛のために戦争せざる得なかったのであって不戦条約には違反していない」

なお、九カ国条約についてですが、国際情勢は条件や環境が常に変化します。

ゆえに国際条約はある一定の期間ごとに「見直す」ことが国際常識です。

例えば現在においても、日米安保は定期的に見直されています。

そして見直されない場合、条約は自動的に失効されます。

九カ国条約締結当時、大陸からの脅威(共産化勢力)としてのソ連はまだ誕生していませんでした。

当該条約締結後、ソ連が誕生したにもかかわらず条約の変更見直しは行われませんでした。

即ち、九カ国条約は既に失効していたので、パル博士は「日本の行動はこの条件、環境の変化に対応したものであるから条約違反ではない」と客観的に述べられたわけです。

パル博士が「日本は無罪」という下した理由は、概ね上記のとおりです。

日本が独立を回復したのち、パル博士が来日したおり、ある日本国民が「日本の味方になってくれた」とパル博士にお礼を述べました。

すると、パル博士は憤然として「自分は日本を贔屓にしたわけでも肩入れしたわけでもない。法理論を厳格に適用して事実分析を行い判決を下しただけだ」と言ったそうです。

敗戦後75年、兵器の恐ろしさを振り返るのもいい。

だが、パル博士の『判決書』や東條元首相の『宣誓供述書』など、こうした一級史料に目を通すことも怠ってはならない。

とくに政治家は。
2020/08/09

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