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東條英機「宣誓供述書」



あの東京裁判において、戦争指導者であった東條英機大将は「大東亜戦争で日本が能動的に戦争を仕掛けたことは一度もなく、すべてが受動的な対応であった」という趣旨の宣誓供述をされています。

東條大将の宣誓供述書を読まずして「東京裁判(極東国際軍事裁判)」を語ることはできません。

例えば、ヒトラーの宣誓供述書があったとしたら、これに触れずしてヨーロッパでの第二次世界大戦を論じることも検証することはできないでしょう。

昨日(8月6日)のブログでも述べましたとおり、昭和大帝は大東亜戦争の遠因には、大正から昭和にかけての米国の日本移民排斥と禁止にあったとおっしゃられています。

米国やカナダにおける日本移民排斥の動きは、すでに明治の末頃からありました。

そのことは、日本が日露戦争に勝利し、近代化したアジアの大国として台頭していくのと軌を一にしています。

ついには大正13(1924)年、米国は排日移民法を成立させ日本移民を締め出しています。

なぜ日本人を締め出したのかといえば、それはひとえに列強とならぶ近代国家をつくりあげた唯一の有色人種だったからです。

因みに、当時の米国は、アイルランドやポーランドからの移民はどんなに悪条件でも受け入れていまいた。

日本移民の排斥は、即ち露骨なる人種差別だったわけです。

そして第一次世界大戦後、米国は、日本も英国もそれを望んでいないのに日英同盟を強引に破棄させました。

また米国は昭和5(1930)年にホーリー・スムート法を成立させ、約1千品目に対して高い関税をかけて日本製品の締め出しを断行しました。

さらに同年のオタワ会議では、英国の植民地内だけで物資を流通させ、域外からは高率課税をかけることが決定され、その後、オランダ、中国までもがそれに加担して日本製品が国際市場から締め出されることになっていきました。

ヒトもモノも締め出された日本としては、満洲に向かわざるを得なくなっていく経緯がはっきりしてきます。

むろん、満洲を侵略したのではありません。

満洲国は、大清帝国の最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が建国を切望したことからはじまった国です。

もともと満洲は大清帝国の本領でしたので、皇帝である溥儀が切望することに何ら問題も不思議もありません。

だいたいからして、江戸時代には鎖国していた日本を国際社会(帝国主義世界)に無理やり引きずり込んだのは米国でした。

帝国主義世界への扉を開くか、それとも閉じたまま欧米の植民地と化すのかの二者択一の選択を迫られた我が国は、やむを得ず前者を選びました。

とはいえ、帝国主義世界の扉を開くいてもなお、日本が近代国家にならければやがては植民地化されるという道だったわけです。

そして懸命なる努力が実って、我が国は近代国家の仲間入りを果たし、唯一、有色人種の国家で独立を保ったわけです。

にもかかわらず欧米列強は、日本が近代国家を運営していくために必要な物資を止め、市場を閉鎖してきたのです。

あの東京裁判でいわゆる「A級戦犯」とされた人たちの罪状は、昭和3(1928)年以降から侵略戦争を共同謀議した、というものでした。

しかしながら、日本を孤立化に追い込んでいった経緯をみれば、日本の指導者層が侵略戦争を共同謀議したか否かは明らかです。

何度でも言いますが、東京裁判を主宰したマッカーサーですら「日本が戦争に突入した理由の大部分は安全保障の必要に迫られたからだ」として、日本による侵略戦争を否定しています。

即ち、A級戦犯などは存在しない。

米国をはじめとする連合国が創作した「A級戦犯」なる概念を日本が受け入れなければならない謂れなど全くありません。

ゆえに、未だ「A級戦犯」だの、「侵略の反省」だの、「アジアに迷惑をかけた」だのと言っている人たちはぜひ東條さんの『宣誓供述書』を読んで頂きたい。

これは、単なる東條さんの覚書とか日記ではなく、法定文書です。

法定文書であるからこそ、敵意むきだしの検事たちが反対尋問してきますので、そこに事実に反するウソが入り込む余地もありません。

その意味でも、東條さんの『宣誓供述書』は第一級の歴史資料といっていい。

何よりも重要なことは、宣誓供述書での東條史観と、敵の総大将であったマッカーサー史観とが同じだったということです。
2020/08/07

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