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遺憾



毎年この季節になると、我が国ではいわゆる「戦争の反省」をテーマにした番組やニュースが多くなります。

しかも「負けたこと」を反省するのならまだしも、「戦争したこと」自体を反省するのだから不思議です。

降りかかる火の粉は払うのが当然なのに、なぜか「払ったこと」自体を自虐的に反省する。

しかも降りかかったのは「火の粉」どころの騒ぎではなかった。

そのことは、昭和26(1951)年5月3日に、敵の大将であったマッカーサーが米国上院の軍事外交合同委員会で証言したときの「あの言葉」のとおりです。

念の為、日本誤訳で掲載しておきます。

「日本は絹産業以外には固有の天然資源はほとんどなにもない。彼らは綿も羊毛も石油も、鈴もゴムも、そのほか実に多くの原料が欠如している。そしてそれらすべて一切がアジアの海域には存在していた。もし、これらの原料の供給が断たれたら、日本国内で1,000万人から1,200万人の失業者がでていたでしょう。日本人は、これを恐れたいた。したがって、日本が戦争に突き進んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだったのです」

8月15日、今年も安倍総理は靖国神社に参拝することなく、戦没者追討式に出席してテンプレート化された追悼の言葉を述べられるのでしょう。

追悼の内容はというと、毎度のように「先の大戦において、アジアの国々に多くの迷惑をかけて申し訳なかった…」みたいな謝罪の言葉が並びます。

因みに、村山総理はもちろんのこと、小泉総理もそうでした。

しかしながら、それではまるで戦没者が悪事をはたらいたみたいではないか。

そんなもの追悼でもなんでもない。

例えば、安倍総理のお祖父さんであられた岸信介元総理は違いました。

国会での施政方針演説のなかで先の大戦のことに触れ、岸元総理は次にように述べたことがあります。

「アジアの国々を長年の隷属から解き放った」ことを押さえた上で、しかしその過程でアジアの国々痛みを与えたことは誠に「遺憾であった」と言っています。

遺憾ということばが実に重要です。

マッカーサーも認めているとおり、日本が南方に進出したのは、長年の計画などというものではありませんでした。

南方進出の準備にかかったのはせいぜい半年です。

我が国は戦争などしたくなかったのです。

だが、石油を止められ、あらゆる資源を止められたために、やむを得ず出てかねばならなかったのです。

まさに「遺憾」な事態ったのです。

その点、我が国の政治家たちは昭和天皇のお言葉に学ぶべきです。

昭和天皇は、韓国の全斗煥大統領が来日したときの晩餐会で、次のようなお言葉を述べられています。

「今世紀、つまり20世紀はじめ、日韓両国の間には不幸な状態があった。これは誠に遺憾であって、このようなことを繰り返してはならない…」

なるほど、日本と朝鮮との間にあった歴史はまさに遺憾つづきでした。

朝鮮半島がちゃんと近代化してくれていれば、我が国は日清戦争も日露戦争も戦う必要などありませんでした。

残念ながらそうはならず、我が国は犠牲をはらって両戦争を戦わざるを得ず、韓国併合という実にコストとリスクに合わない併合までさせられました。

むろん朝鮮半島の人々にとっても遺憾だったことでしょうが、日本にとっても実に遺憾なことだったのです。

「この遺憾な状態を二度と繰り返してはならない…」という、昭和天皇のお言葉は日韓両国の歴史を正確にとらえておられます。

遺憾に思うことと、謝罪するのとでは大きく異なります。

因みに、ポスト安倍にもっとも近いと言われている石破茂氏ですが、彼は平成20(2008)年11月(当時、防衛大臣)、中国の記者から独占インタビューを受け「自分は靖国神社に参拝したことはない」と自慢した上で、次のように答えています。

1.閣僚の靖国神社参拝には反対である。
2.日本の戦争指導者は何も知らない国民を戦争に駆り立てた。あの戦争は間違いだった。
3.従軍慰安婦、南京大虐殺は真実だ。虐殺30万人の数字を上げて間違いだというムキもあるが、数字の問題ではない。
4.大東亜共栄圏建設は侵略戦争の詭弁である。
5.日本は中国に謝罪すべきである。

この人は政治家である前に、歴史に対して真正面から真摯に向き合おうとしない、実に不真面目で不誠実な人です。
2020/08/05

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