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病床数の削減と国民意識

連日、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない東京都は、病床及び療養施設の確保に追われているようです。

とはいえ、新型コロナウイルス感染者の増加するスピードが、病床を確保する速度を上回っています。

因みに、愚かにも我が国は在りもしない財政破綻論、及び財政均衡主義への執着から、1999年代以降、医療安全保障の一部である「病床」数を減らしに減らし続けてきました。

病床数

つい最近(コロナ以前)でも厚生労働省は、川崎市に対して「市立病院の病床機能が近隣病院と重複しているから再編(削減)を検討しろ…」と言ってきました。

さすがにこの騒ぎになって厚労省による「見直せ議論」はウヤムヤとなっています。

さて、世間には、何かとPCR検査の拡大を求め国家権力の強化に否定的な人たちがいますが、そもそも我が国は諸外国に比べ極めて国家権力の弱い国です。

疫病であれ何であれ、有事に際して都市封鎖する法的根拠すらもたない国です。

去る4月の「緊急事態宣言」での休業要請でも明らかになったように、コロナ特措法(新型インフルエンザ特措法)などは、なんら罰則規定のない張り子の法律です。

あくまでも政府は休業・自粛を要請することしかできませんでした。

むろん、休業しなくとも罰則なし。

しかも、当初はカネを出す気もなく。

だいたいからして、有事を想定した法律が特措法(時限立法)であることからしておかしい。

例えば、もしも地域的にも業種的にも、ある程度の感染拡大源が特定されているのであれば、強権を発動してピンポイントで営業を停止させ、その変わり100%の粗利補償を行っていけば対象業者は家賃だって人件費だって払えます。

こうした対処のほうが、より効果的な感染阻止対策になるのではないでしょうか。

ようやく政府は「個別に休業要請が行えるようにする」としていますが、どうせ法的強制力などないのでしょう。

やむえず当局は個別に風営法で対応するとのことです。

ご承知のとおり、風営法は特定業種に関する規制であって有事法制でありません。

これを適応せざるを得ないほどの強権!?…なのです。

強い国家権力を発動できない一方で、実は社会の中に見えない権力があります。

“自粛警察”がまさにそうでした。

こうした見えない社会権力のほうが国家権力などよりも余程に恐ろしい。

国民国家における権力は国民によってコントロールできても、見えない社会権力はコントロールが効かない。

自粛警察がはびこった一時期、おそらくは戦々恐々とした事業者も多かったにちがいない。

国民国家における政府とは、各国民が個々には対処できない様々な脅威に、いわば国民力を結集して対処してくれる機関(安全保障NPO)です。

家のセキュリティは個人の力で対処できても、街や地域や国の治安は個人の力では対処できません。

だから政府(自治体を含む)があります。

道路だって、堤防だって、個人の力で整備することはできません。

だから政府があります。

医療制度もしかりです。

戦後68年(昭和27年4月28日を起点にしています)、日本国民の多くは戦後教育に洗脳され「国家」や「国民」という意識を希薄にされました。

毎年、当然のようにして病床数が削減されてきたこともまた、国民意識の希薄さの象徴であるとも言えます。
2020/07/21

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