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緊縮財政により凋落しつづける日本

米国の元国務次官補のカート・キャンベル氏は、第二次世界大戦後の70年間にわたって米国が世界のリーダーとし君臨することができた政治的基盤に、次の3つを挙げています。

① 優れた国内統治
② グローバル・コモンズの提供
③ 世界的な危機へのグローバル対応をまとめあげる能力

なるほど、そのとおりでしょう。

とはいえ、イラク戦争とリーマン・ショック以降、とりわけ今回のコロナ・パンデミックへの対応をみても、既に①②③のいずれも揺らぎはじめていることを露呈しています。

一方、新型コロナウイルスは当初、昨年11月に武漢市で特定されていたようですが、北京当局はこれを公表しませんでした。

公表しなかったどころか、アウトブレイクについて早い段階で警鐘を鳴らしていた医師たちを処罰したらしい。

北京当局が、もっと早い段階で国内と世界に情報を発信し、その上で入出国管理を徹底し積極的な検査体制を敷いていれば事態の深刻度はもっと軽減されていたはずです。

その意味で、米国も中国もミスを犯しました。

もっとも初動のミスという点では、日本政府も他国(ひと)のことを言えませんが…

ところが、中国だけは小狡かった。

当初から情報を隠蔽し、あきらなに対応が後手に回っていたくせに、世界のリーダーを自認する米国の不手際を喧伝することで自国の落ち度という空白を埋め、いつの間にか自国のシステムの素晴らしさを喧伝しはじめました。

今では、メディカルサプライ(医療品や医療機器)を世界各国に援助提供するなどして、米国に代わる新たなリーダーのような振る舞いをとりはじめています。

中身が伴わないくせに、大国ぶるところはフランスそっくりだ。

トランプ米大統領が中国への批判をむき出しにするのも多少は理解できます。

因みに断っておきますが、私は国策を批判しているのであって民族や文化を批判しているのでありません。

そのことを付しておきます。

さて、そのうえで、現在の中国はかつてのソ連のように世界を共産化しようなどいう大それた野望をもった超大国ではありません。

いわば、東アジアで大それたことを言っているだけです。

ただ、第二次世界対戦後70年間つづいてきた米国が主導するグローバル秩序の一部変更を目論むリビジョニスト国家です。

きのうのブログでも申し上げましたとおり、どんなに核を保有したところで通常兵器とその運用に圧倒的な差がある場合、残念ながら軍事的・外交的に優位に立つことはできなことを、北京政府は1995年の第三次台湾海峡危機で嫌というほどに思い知らされました。

中国が我が領土である尖閣諸島にちょっかいを出してくるのは、我が国を試しているのではなく、その背後にいる米国を試しているのだと思います。

米国にしてみれば、尖閣諸島は同盟国(属国⁉)の離島の離島にすぎません。

だから中国は「米国さん、そんなもののために私たちと本気で全面戦争するんですか?(もう、あの頃と違うんですよ」と問いかけているわけです。

米国としても、本音では日本のために尖閣諸島の防衛をしたいわけではりません。

中国が言う第一列島線(東シナ海・南シナ海)から第7艦隊が弾き出されたくないだけです。

もしも弾き出されれば、事実上の米国の軍事的敗北です。

むろん、中国はそのことを充分に理解しています。

であるからこそ、この25年間、中国は通常兵力の増強に国家のリソースその全てを振り向けてきたわけです。

1990年時点で、中国の軍事支出は米国のそれのわずか30分の1にすぎませんでした。

ついに2018年の段階で3分の1以上にまで増え、2分の1に迫る勢いです。

中国の軍事支出(対米比)

米国の覇権国(グローバル・リーダー)としての相対的優位性が低下している所以です。

一方、我が国の軍事支出を対中国比でみますと、次のとおりです。

日本の軍事支出(対中比)

一貫した緊縮財政によって、既に2005年の段階で中国に抜かれており、2018年には5分の1以下にまで水を開けられています。

このままいけば、その差はさらに開く一方でしょう。

中国が積極財政で国力(経済力・軍事力)を増強してきたのに対し、我が国は緊縮財政によって凋落しつづけているのです。

こうした現実を目の前にしてもなお、未だ財政支出の拡大に疑問を呈する輩がいるから厄介です。
2020/06/07

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