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Deglobalization時代へ

グローバリズムは、「緊縮財政」と「自由貿易」とを常に善とするネオリベラリズム(新自由主義)に根ざしています。

またネオリベラリズムは、市場原理を絶対的価値としているため、国民を守るべき政府の役割を否定します。

そして国境(政府)を無くし、ヒト、モノ、カネの移動の自由さえ最大化すれば、要するに市場をフラット化すれば、世界規模で市場原理が機能し効用が最大化される、という極めて宗教的な思想です。

まず、グローバル化は国境を超え、グローバル企業による国際分業をもたらしました。

各企業の専門性を高め、グローバルな供給網を形成することで生産の効率性を高めたわけです。

なお在庫負担を最小限にするため、ジャストインタイムで生産するシステムを構築していきました。

各家計もまた、生活物資をストックしておく必要はなく、欲しければスーパーやコンビニに走ればいい、と考えてきました。

行政もまた「無駄をなくせ!」の名のもとに正規職員を削減し、嘱託や派遣などの非正規職員への代替を進め、アウトソーシングを拡大してきました。

グローバル化時代には、行政は平時から常に人手不足でよく、マンパワーに余力がないことがベストとされてきたからです。

ところが、新型コロナウイルス感染問題という有事が発生したことで、それらは悉く裏目にでています。

グローバル化(国際分業化)が徹底されてきたことで、各国の部品供給網は寸断され、生産が停止しています。

各家計は常に在庫不足に怯えねばならず、あわてて買いだめに走るから流通も混乱する。

ご承知のとおり、世界中の国々が競ってマスクなどの必要物資を囲い込んでいます。

行政もまたしかりで、平時より圧倒的な人手不足にあるがゆえに、危機対応に支障が出ています。

昨年の台風被害や今回のような新型コロナ問題などの有事が発生すると、初動に必要な情報収集にさえ時間を要してしまう有様です。

そんな有事でも、どこかの議員みたいに「俺様にも情報をよこせ!」と、余計な業務を強いられるから尚更に行政機能が低下する。

日本国民は東日本大震災のおいて「平時には無駄に思えるものが有事には役に立つ」ことを学んだはずなのに、残念ながら自らを変えることができなかった。

グローバリズムが求める「効率化」が、パンデミック状況の下ではおそるべき非効率を発生させることになったわけです。

実は、グローバリズムは現代にはじまったことではなく、世界史のうえでは2度の経験があります。

一度目が、第ゼロ次グローバリズム(1500〜1600)。

二度目が、第一次グローバリズム(1816〜1914)。

いずれも世界の貿易量と対外直接投資が拡大した時代です。

そしていずれも、戦争もしくは革命によって終焉しています。

さて、今回の第二次グローバリズムはどうでしょう。

既に、貿易量も対外直接投はピークを迎えています。

貿易量
直接投資

世界がDeglobalizationの時代に突入しつつある今、いつまでも「緊縮財政」「自由貿易」「小さな政府」などと言っている場合ではありません。

国政はもちろん、地方行政においてもまた、レジームチェンジが求められています。

未だ「公務員が多い」などと言っている人は既に時代に取り残されています。
2020/04/24

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