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貨幣観の誤りが政策を歪める

物々交換

いま日本政府は、武漢ウイルスの感染拡大阻止と、消費税ショックとウイルスショックに伴う経済的危機からの克服という2正面作戦を強いられています。

しかしながら、両作戦とも満足な対策が採られていません。

なぜ、この未曾有の国難に際して、まともな対策を打つことができないのでしょうか?

むろん、為政者たちが「プライマリー・バランスの黒字化」なる愚にもつかぬ目的を捨てきれず、緊縮財政という家計簿思想に自ら陥っているからです。

ではなぜ、我が国の為政者たちは、その愚にもつかぬ目的を捨てきれないのでしょうか?

もちろん、彼ら彼女らの「貨幣観」が間違っているためです。

いわゆる主流派経済学を含め、現在の日本の為政者たち、また圧倒的多数の日本国民が抱いている貨幣観とは次のようなものだと思われます。

もともと人類の経済活動は「物々交換」からはじまった
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それだとどうしても不便なので、何らかの価値をもった「商品」を交換手段とした
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その代表的な商品が「金」とか「貴金属」だった
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やがて政府が純度と重量を統一させ、「金貨」を鋳造した
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金貨を持ち運ぶ不便さから、「金」との交換を義務付けた「兌換紙幣」(政府紙幣)が発行された
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兌換紙幣だと金の不足が貨幣の不足を招くため、やがて不換紙幣とした(抽象的信用論)
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その不換紙幣が現在の紙幣である

…とまあ、こんな感じではないでしょうか。

しかし残念ながら、こうした『貨幣の物々交換発祥論』は何ら歴史的根拠のない空想であり、たんなる思い込みです。

歴史的にみますと、世界最古の貨幣は古代メソポタミア文明の粘土板です。

「この債務は誰々の債権である」と楔形文字で書かれた粘土板こそ貨幣のはじまりと言っていい。

因みにハムラビ法典の中には、その債務を不履行にした際の罰則等が謳われている頁があります。

要するに貨幣とは、債権と債務の記録であって貨幣そのものには何ら価値はありません。

むろん、ただ粘土板としての価値があるだけです。

メソポタミア文明は債権と債務を「粘土版」に記録しましたが、べつに「石っころ」に記録したっていいわけです。

即ち、その辺で拾ってきた石っころに「1兆円」と刻んで、「日本銀行」あるいは「日本政府」という判子を押せば、それで立派な貨幣です。

べつに貨幣が紙である必要もなし、ましてや金銀などの貴金属である必要もありません。

ゆえに政府の通貨発行に物理的な上限などないのです。

ただし、物理的な上限はありませんが、需給的な制約があります。

その需給的な制約が「インフレ率」です。

インフレ率という制約さえクリアできれば、政府の通貨発行に上限はありません。

巷には「政府が通過を発行しすぎるとハイパーインフレになるぅ〜」と騒ぎ立てるお〇〇さんがいます。

ハイパーインフレの定義は、インフレ率13,000%(年率)です。

1,000円の商品が、1年後に13万円になることをハイパーインフレと言います。

では、現在の我が国のインフレ率をご存知でしょうか。

「0%」台です。

今の日本でハイパーインフレを叫ぶ人たちは、痩せこけて今にも餓死しそうな人に「食事量を増やしたら太っちゃう〜」と言って何も食べさせないようなものです。

実に馬鹿げています。

高度成長期の日本のインフレ率は、概ね5%でした。

まずはそれを上限に、インフレ率をみながら財政出動(国債発行)していけばいいだけです。

たとえ今、日本政府が100兆円の国債を発行したとしても、インフレ率が5%を超えることはないでしょう。
2020/04/14

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