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科学技術が凋落する日本

「国立大学の運営費交付金は多すぎる。少子高齢化時代なんだから国立大学は解体的再編をしろ!」という驚きの意見があります。

恐ろしいことに、こうした意見は既に現実のものとなっており、国立大学は法人化され運営費交付金も減額の一途をたどっています。

国立大学運営費交付金

それでも「約1兆1000億円の運営費交付金はまだまだ多い。国立大学は甘え過ぎだ」と主張される人がいるのです。

正気の沙汰とは思えない。

今や現実として、我が国の科学技術力の凋落ぶりが顕著になっています。

よく言われているように「論文数」の減少、そして論文の質の高さを示す指標の一つ「被引用Top10%論文数の国際シェア」の減少など、研究力に関わる国際的地位の低下傾向が危惧されています。

学術論文数
論文引用数

因みに、2017年Nature誌でも、日本の科学研究が近年失速している旨が指摘されています。

要するに今の日本は、研究のための資金や環境、即ち基礎研究を支える基盤力が弱体化していると認識すべきです。

とりわけ、基礎研究は目に見える成果が現れるまで長い時間を要します。

その成果がどのような役に立つのかも直ぐには判別できません。

そうした「時間」と「カネ」が無駄に見えてしまう人は、絶対に政治に携わらないほうがいい。

よく考えてみよ。

資本主義とは、生産性を高めることで実質賃金を引き上げながら成長する経済モデルのことです。

生産性を高めるための重要なリソースの一つが「技術」です。

技術がなければ、企業の生産活動は成立しません。

道路、橋梁、鉄道、港湾、上下水道、通信網などのインフラ施設だって技術抜きで整備することは不可能です。

これらの技術を強化するのが「技術投資」です。

技術投資の中には当然のことながら「基礎研究」が含まれます。

なのに我が国は、2004年に国立大学を法人化し、愚かにも短期の成果主義を採用したのです。

詰まるところ、我が国の国是(財務省の省是)となっている「緊縮財政」という血迷った政策が、「短期でローコストな成果主義」という馬鹿げた考え方をもたらし、日本における長期的な基礎研究をほぼ不可能にしています。
2020/02/26

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