米中対立の前線国家というリスク

米中対立の前線国家というリスク

先日、ドイツで開かれた国際安全保障会議の場で、中国の王毅外相が日本の高市総理による「台湾有事」に関する発言を強く批判しました。

王氏は、これを「中国の国家主権への挑戦だ」と述べ、「14億の中国国民は決して同意しない」と強調しました。

これに対し日本政府は、外交ルートを通じて中国側に厳正に申し入れを行ったと明らかにし、茂木外務大臣は会議のセッションでも反論し、日本の防衛力強化は特定の第三国を対象としたものではなく、厳しさを増す安全保障環境に対応するためのものだと説明しています。

さて、台湾有事は近いのか。

台湾を巡る習近平の決断を左右する最大の要因は、米国が介入してくるかどうかなのでしょう。

国際政治を勢力均衡の世界として捉える「リアリズム」の視点に立てば、この問いは極めて重い意味を持ちます。

なぜなら、台湾に対する軍事行動の可否は、中国の意思や国内事情だけで決まるのではなく、「米国が本気で関与するのか」という外部条件によって大きく規定されるからです。

もし米国が日本とともに初動から参戦する意思を明確に示すのであれば、中国にとって台湾海峡を越える水陸両用作戦の難度は飛躍的に高まり、成功可能性は著しく低下します。

逆に、介入が不確実である、あるいは限定的にとどまると判断されれば、計算はまったく変わります。

ここで問題になるのが、日本の位置です。

中国から見れば、日本は在日米軍を抱える「米国の軍事前線」です。

米国から見れば、日本は対中抑止のための「最前線」です。

つまり日本は、双方から前線に位置づけられている。

しかも、その戦争は日本の存立そのものを直接の目的として始まるものではない。

この配置は、リアリズムの観点から見ればきわめて危うい。

前線国家は、勝利しても利益の配分を主導できません。

しかし敗北すれば、被害は集中します。

戦場となり、報復を受け、消耗を引き受ける主体になります。

それにもかかわらず、日本はその前線に立たされる。

ここに、利益と負担が非対称に分配される構造があります。

リアリズムを代表する論者であるジョン・ミアシャイマーが一貫して警戒しているのは、この「巻き込まれ」です。

同盟が抑止力であると同時に、戦争を自動化する装置に転化する瞬間です。

ここでしばしば、「それは他国のために戦わないということか。それでは日本共産党の主張と同じではないか」という批判が向けられます。

さらに、「55年体制期に左翼リベラルが唱えてきた“巻き込まれ論”と同じではないか」という指摘もあるでしょう。

しかし、この理解は正確ではありません。

共産党の立場は、武力や軍事同盟そのものへの強い不信、あるいは否定から出発しています。

できる限り軍事的関与を避け、非軍事的な枠組みによって安全を確保しようとする思想です。

これに対してミアシャイマーのリアリズムは、大国間競争も軍事力も同盟も、いずれも不可避の現実であるという前提から始まります。

抑止は必要であり、同盟もまた重要だと認めています。

それでもなお、勝算と負担の分配が国家の存立を危険にさらす配置には、自ら進んで入らないと言っているのです。

それは理念ではなく、損益計算です。

平和を祈るからではなく、国家が戦場になる位置を避けるためです。

結論が似て見えても、国家観そのものが異なります。